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2011年3月10日木曜日

高く売れ

 私は任天堂の人間ではないし、その社是なり社訓なりを知りうる立場にないが、任天堂の過去の経営哲学を文字に表すとしたら「高く売れ」だと思う。ス-ファミのソフトの値段を思い出していただきたいのだが、スーファミは1本1万円くらいした。(値崩れも激しかったが1980円でも子供ながらに儲けが出るのか心配する値段だった。)64の頃もソフトの定価は9800円くらいで普及の最大の阻害要因だった。私も値段で買わなかったと記憶している。64の値崩れが始まったタイミングは、既にゲーム機としての旬を過ぎていた観があったので購入を見送った。(あとになって思えば、ゲームキューブより64の方が面白そうだったので購入しておくべきだったかもしれない。)

 ともあれ任天堂は歴史的に見て、ソフトウェアをできるだけ高く売ろうとしてきた会社だ。山内社長時代は一貫してその傾向がある。ゲームボーイのソフトの価格なども、その性能から考えると高いだろう。(興味が有る方は、ファミコンとゲームボーイのソフトの価格の違いを自分で調べていただきたい)

 我々は新製品発売価格よりも、中古店の店晒し在庫の価格を記憶する傾向があるので中古価格の安いイメージが先行するのかもしれないが、任天堂の初期価格設定は常に強気なんである。そのゲームソフトの価格を引き下げたのは、PS1時代のSONYの功績だ。CD-ROM化することで生産と流通の大改革を行った。通販が一般的でなかった頃なので、コンビニや音楽CDの取次店にゲームを流した。低価格での定価販売に拘ったSONYの功績は認められていい。

 岩田社長はおそらく山内会長から、その経営哲学の精髄を叩き込まれた筈だ。DSはPSPに比べて安価なゲーム機として登場した。その安いハードのイメージが強いが、岩田社長時代のDSは以前書いたように値上げに成功した稀有な事例だし、「枯れた技術の水平思考」に代表されるように安く作られたハードである。(なお、任天堂はハードを安めにしてソフトで回収する傾向もなくはない。)3DSもNGPより部品代は安いのではないかと思うが、価格的には似たレンジに収まる可能性が高い。つまり、今も昔も任天堂は価格については強気で可能なかぎり上限を目指す。それがシェア争いに負けても、次のゲーム機交代タイミングまで体力を温存できた秘訣だ。焦土戦術的な本体低価格路線に走ったセガとはそこが違う。

 誤解しないでいただきたいのだが、私は任天堂のビジネスモデルを評価している。世間的には高い=悪という風潮があるが、ゲーム市場というものが成立するにあたってそれは必要なことだった。儲からなければ参入するサードのソフトウェア企業なんて出る訳がない。SONY以前にコンシューマ市場を立ち上げた任天堂の功績はとてつもなく大きい。おそらく山内社長の社長としての仕事の8割-9割は、ゲームビジネスは儲かるというイメージの伝播だったのではないか。これは銀行に向けて、部品メーカーに向けて、投資家に向けて、ソフトウェアメーカーに向けて、社長が常に情報発信しなければならないことである。でなければ、誰も任天堂に見向きしない。(余談だが、以後のゲーム機ビジネス参入企業はマイクロソフトも含めて山内社長に騙されたと言ってもいいかもしれない。)結果として高く売る戦略が任天堂を生き残らせ、チャンピオンにした。岩田社長は優秀な経営者で、山内会長路線の継承者であるが、儲かるイメージの伝播という点で上品すぎるというか、少し弱いかもしれない。ただ、今の時代には合致している可能性はある。

 歴史的に見て、任天堂は安売りを嫌う。それは企業として当たり前のことなのだが、表だって認めることでもないので世間であまり認識されていないのかもしれない。特にここ数年は、日本でも海外でも景気が非常に悪いので、安いことが正義という論調があったり、スマートフォンのように拡大した市場で薄利多売のゲームビジネスが展開されると、それに飛びつくという傾向がある。DSはたしかにその流れに合致したかもしれないが、よく考えると値上がりしているのだ。単なる安売り路線ではない。そして岩田社長も、大切なのはコンテンツ企業としての競争という趣旨で自社の理念を述べている。これは極言すれば、いかに高く売るための付加価値・ブランド力を維持できるかという話になる。

 岩田社長のGDC講演が否定的に受け止められたらしい。が、マクドナルドもユニクロも低価格路線をいつまでも続けずに値上がり傾向にあることを思い出していただきたい。また、スターバックスのコーヒーは高いが売れる。乱暴な言い方になるが、経営の基本はいかに高くても満足して買ってもらうかであるので、円が安ければ輸出で儲かるなんてのは幻想に過ぎないと分かる。どう考えても人件費で発展途上国に勝てるわけがないので、価格より質で勝負するしかないのだ。任天堂の路線は、そこに合致する。

 スマートフォンでのゲームビジネスでは、個人のゲーム発信が可能になった反面、大手のゲーム会社の生き残りは厳しい。運営会社という超大手と、その下の個人の作り手という図式なので、それ以外の他社の生き残りはない。経済活動としての波及効果も少なく、関連産業も潤わず、税収も減るだろう。IT化で無駄を排除したら仕事が減った、大作ソフトも減ったという縮小路線に近い。岩田社長は任天堂自社のことよりも、中小のソフトメーカーの事も考えて発言をしていると私は思う。消費者がそんなゲームだけで良いというのなら、市場は衰退すると思う。この辺りどうなるかは見えないが、ゲーム作りの根底にあるものは時代が移り変わっても変わらないので、そこをいかに保持できるかが今後の鍵となるのだろう。

 優秀な作り手が流出するような会社の株は買わないほうがいいし、任天堂の株は下落しているが、3DSの現状は順調とは言いがたいが、任天堂の株は紙くずにはならないだろうと私は確信している。

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