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2011年2月15日火曜日

3DSの価格

 3DSの価格は多分高い。任天堂としては世間の反応を見つつ、消費者が許容するギリギリ高めで出してきたのではないかとよく言われている。3Dの液晶以外特に高価な部品はなさそうで、GPUに相当するPICA2000もカスタムモデルのようだが、基本は数年前の技術なのでそこまで高額にはならないだろう。初代DSは2004年末だが、7年前の時点で15000円だった製品が、微妙にアップグレードして1.6倍強の価格になっている。かなり強気の設定だ。原価に関してはおそらく大幅な上昇はしていないのではないかと推測される。液晶の解像度も、さして高くはない。日本経済に関しては実質デフレに近かったと推測されるので、消費者としては素直に「高い高い」といったほうがいい。

 製品を売る際によく言われるのは、定価は高く設定して、そこから値下げして売却するほうが良いということだ。定価を後から高く設定することは出来ないので、潜在的に値引き合戦になっても対抗出来る余裕を設定しておくということである。ゲーム業界でも、ソフトウェアはその傾向が顕著であるし、据え置き機本体も普及と共に価格を引き下げる商法が定着している。ライバルのPSPも苦戦もあってか値下げに踏み切らざるを得なかった。

 ところが、任天堂DSは普及と共に本体価格引き上げを成功させた稀有な実例である。これはDSの国民機的普及が軽量化やカメラ装備や大液晶化などのアップグレードモデルの需要を喚起したためだ。PSPでもハンターズモデルという例があるが、これはDSの成功にならったと見るべきだ。ちなみに、DSからDSliteで1800円増の16800円、DSiで更に2100円増の18900円。DSiLLで更に1100円上げ20000円に到達した。(2010年6月に3DS発表を受けて15000円に値下げした。)

 3DSの発表時、価格は公表されなかった。そして3D熱が冷め切らない時期に発表されたこと、ライバルNGPの存在が予測すらされていなかったこと、任天堂の期待の高性能機という触れ込みに消費者の好感触を得た。結果として、任天堂は自信を深めて25000円という価格に決定したと思われる。

 任天堂の視点に立てば、3DSは次世代機というよりはDSラインナップの最上位機種という位置なのかもしれない。確かに専用ソフトは存在するが、DSとの後方互換は維持した。

 ただ、DSの成功は2万円しか予算がない層も3万円に予算がある層も両者を取り込めた事が大きい。2万円の予算で本体+ソフト1本、3万円の予算で本体+ソフト3本が買える。PSPの初期価格は本体19800円で、実際はアクセサリー類とバリューパック価格の26000円が定価とみなされた。別売のメモリースティックDUOがなければセーブの保存も不可能だったのだから、それも当然と言える。

 PSPの場合、3万の予算でソフト1本買えるかどうかだった訳だから、2万の予算の層は本体の購入でさえギリギリで、3万の予算でもソフト1本買えるかどうかぎりぎりの線だった。普及させるにあたっての障害が大きかったと言える。しかもDSは前述のように進化した新機種を発表して買い替え購入を刺激した。買い替えによる本体購入増の背後には、売却ないし譲渡によって新たな消費者の手に渡った旧式機の存在があったと推測され、より安価にDSに参入できる層が拡大したことも、DSブームを支持する結果につながっただろう。DSは普及することが、更なる普及を生み出した。通常とは逆の発想で買い替えを誘導したことが成功につながったと言える。

 3DSはPSPのセット価格に限り無く近い25000円という価格だ。3万円の予算の層であってもソフト1本しか買えない。任天堂もそこは当然計算したはずだ。少なくともPSPの実質初期価格である26000円は超えないように価格設定したのだろう。任天堂の経営陣は馬鹿ではなく、むしろかなり優秀だ。ただし、低価格路線は厳しいと考え、PSP路線でいくことを検討している可能性が高い。

 任天堂はDSの延長線としての3DSを想定しているので、DSからの買い替えが発生するとも考えている。しかし前述の買い替えモデルに倣えば、下取りされたDSは中古品として溜まるだけで、3DSの市場拡大には貢献しない。互換性は後方互換性のみなので、DSユーザーは3DSソフトを遊べない。任天堂もそこには配慮したらしく、一部のDSソフトは3DSで解除される機能があると発表されている。(訂正:これについては誤った情報だったらしい。3DSで解除されるDSソフトの特別な機能はないらしい)ただ、3DSソフトをDSで遊べるという形にならない以上、3DSでソフトを提供する側も、DSしか持っていない消費者も、3DSにシフトすることについて躊躇する可能性がある。なによりも、任天堂の新機種商法が消費者に周知のものとなってしまったので、消費者が新機種まで買い控えする可能性が出てきた。DSもDSlite発売までパッとしなかった訳で、改良モデルを待ち望む声も強い。ただ、私はその可能性はないと考えている。その理由については、WiiHDが出ないのと任天堂の中では同じ理由ではないかと考えている。

 任天堂の3DSに関する主張は、言わば「DSソフトが進化して、3Dで遊べるのが3DSなんです。」ということで、消費者としても同じDSブランドであれば、「3Dは必要ないから、 DSで我慢しなさい」といえる事を計算しているかもしれない。これはつまり、既存のDSブランドを維持する狙いがあるということになる。既に国内屈指の出荷数を誇る DSが1夜にして旧世代化するので、その軟着陸を目指すのは当然な判断であると言えるかもしれない。

 3DSの価格について語る上で重要な要素に、任天堂が予期していなかったと思われるNGPの存在がある。SONYは今回、任天堂が3DSの価格と発売日を発表して変更不可能なところまで踏み込んでから、新型機NGPの存在を明かした。しかもリリースタイミングの目安のみで、価格についても伏せている。このSONYの立ち回り方はかなり賢く、後発でありながら発売遅延の印象を与えず、年末商戦に向けての消費側の準備さえ促していると言える。実際、NGPと3DSの比較では、欲しい端末にNGPを上げる声が圧倒的になった。任天堂は即座に価格を下げて対抗するべきだったかもしれないが、NGPに3DSが発売前から性能で負けた印象を与えかねない事から躊躇し、NGPについて判断する材料不足でその判断を保留し、既存の戦術で押し切った。NGPへの対抗という点で言えば、SONYの失策を待つ戦術をとったと言っていい。

 3DSの発表では拙速に走り、しかも当初の路線を堅持した任天堂の経営判断における失策は少なくないが、NGP出現後も方針を変えずにいるのは結果的に正解だった可能性は高い。任天堂の経営陣は、総じてかなり優秀なのは間違いない。3DSの機能自体、伏せられている点は多数あるので、遊びの仕掛けが多いことが予想され、後は購入者の感想・クチコミに期待している部分も少なからずあるのだろう。任天堂としては、再びブームを作る自信はあるということか。それで伸び悩む場合、堅実に値下げや大作投入による需要喚起を狙っているのだろう。

 DS、Wiiで培ってきた任天堂ブランドは、3DSへの移行失敗による崩壊の危機に瀕しているのは間違いない。少なくとも世間的には新プラットフォーム3DSの存在感を危ぶむ声が強い。最近では3DSの性能がNGPに及ばない事を問題視する声が強い。

 これは任天堂の戦略というよりも、盛者必衰の理、ブームによって実力以上に売れてしまったDSの負の側面が噴出するからだと考える。DSの負の側面の代表はマジコンだが、マジコンの存在が今回の本体価格に反映された可能性は高い。マジコン対策によるコスト増が大きく見積もられたことに加え、DSの価格が安価で本体売却による利益が少なかった事の反省もあるだろう。マジコンで本体しか売れなければ、本体だけで適正な利益が得られるようにするのが任天堂の戦略としては正しい事になる。

 勿論、本来は不正規利用を許さないことが何よりの対策であるべきだが、任天堂としてはマジコン撲滅に失敗しても、本体で利益を確保できるようにしたと思われる。となると、DSブランドの維持という点から見ても、本体での利益確保という点から見ても、任天堂は3DSにそこまでの急拡大を望んでおらず、従って世間で言われるような値下げによる定価の引き下げは当面ないのではないかと考えられる。

 つまりDSで任天堂が学習したことは、『シェアが急拡大しても企業メリットはそこまでじゃなかった。むしろ負担が大きかった。任天堂としてはトップ企業であり続けるより、オンリーワンである方が最も効率が良く、マジコン被害などの標的になりにくい。DSやWiiでもそのつもりだった。やりたいようにやっていけるのが丁度いい。』という事なのかもしれない。少なくともゲーム機という枠の中だけでパイを奪い合うのではなく、趣味娯楽に使う時間・お金の中の少なくない部分を確保する企業であり続けたいと願っているのだろう。これは任天堂の経営陣が常に公言している思想と一致する。私も、立派な考え方だと思う。

 企業体力的な面を見ても、任天堂は超優良企業だが、SONY程の巨大企業ではない。それに任天堂のDSブランドを維持する戦略は、3DS独自ソフトの立ち上げにはマイ ナスに作用する可能性がある。値段的にも、DSが壊れたら買い替えを検討するレベルで、新規に1台ぽんと子どもに買い与えるには高い。となると任天堂としても、3DSの急拡大は望んでいないのかもしれない。既存の路線を守って、急拡大を望まず、逆ざやが生じないように、本体でしっかり利益を確保して商売していけばいい。

 DSとPSPの携帯ゲーム機戦争は、両者ともに生き残る意外な結末を迎えたと言えるのかもしれない。強いて言えば勝者はDSだが、SONYのPSPビジネスは(少なくとも日本では)失敗はしていない。3DSはゲーム機だけがライバルではないと公言している。これは勿論スマートフォンのゲーム機分野での進出に警戒をしている事を示唆しているのだろうけれど、3DSとしては独自のビジネス展開を続ければ企業としてやっていけるという自信も示しているように思えてならない。携帯ゲーム機戦争では、結果としてDSもPSPも撤退せずに生き残ったわけで、任天堂としては自社独自の価値を維持し、消費者に必要とされ続ける存在であることについて自信を持っているのだろう。

 今回、先のゲーム機戦争で敗者とされるSONYは、かなり好戦的で勝ちに来たNGP事業の発表だったといえる。一方の任天堂3DSは何処か大人しく、SONYの挑発に応じる風ではない。任天堂、勝者の余裕といえなくもないが、むしろ任天堂は負けない戦略、生き残る戦略を全面に押し出してきたのかもしれない。勝者にしては意外なまでの謙虚さだが、DSの販売戦略も思えば謙虚な自己分析に立脚していた。今回はマジコンという要素が加わったことで、3DS本体販売で儲かるようにしつつ、自社のブランドを維持して出来る限りやっていけばいいと考えているのだろう。

 消費者の観測と任天堂の実態には、たぶん少しのズレがある。任天堂は絶対的な王者でいる事に、少し疲れたのかもしれない。3DS事業は販売数よりも中身で、利益を確保してくるのかもしれない。シェア数だけでゲームを論じることに、任天堂は少し否定的になっているように感じられた。最も市場の観測通り、NGPの存在に任天堂が焦りに焦っている可能性もある。ただ任天堂自身のウリはニッチセールスに近く、DSもWiiもその基本コンセプトはニッチな路線で、王道はPS3に譲るつもりだったと言えなくもない。任天堂としては生き残れれば、王者であることに拘りがないのかもしれない。

 今回3DSで、ローンチソフトでサードが販売し易いよう、衝突しそうな自社ブランドの展開をすこし遅らせたかのような配慮も見せた任天堂。本当に観測通り謙虚路線なのか今ひとつ確信はないが、今の任天堂を読み解くキーワードが「謙虚」であることは、おそらく間違いがないだろう。

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